「扶養内で働く」は本当に得か? 日本の静かな機会損失
「これ以上働くと損になるから、年収を調整しています」。いわゆる「年収の壁」を意識して、勤務時間を減らしている人は少なくありません。ただし、2026年現在の制度を確認すると、「○万円を1円でも超えたら急に損をする」という単純な話ではなくなっています。
所得税の基準は大きく引き上げられ、社会保険の加入要件も変更が進んでいます。一方で、社会保険上の扶養を外れることで、一時的に手取りが減るケースがあることも事実です。では、扶養内で働き続けることは、本当に得なのでしょうか。
結論から言えば、人によって違います。大切なのは「103万円」「106万円」「130万円」と数字だけを覚えるのではなく、税金、社会保険、配偶者の税控除、会社の配偶者手当、将来の年金や働き方を分けて考えることです。
※本記事は2026年9月1日時点の国税庁、厚生労働省、日本年金機構の公表資料をもとにしています。
「年収の壁」は一つではない
まず、よく使われる数字を整理してみます。
| 金額・基準 | 何に関係する? |
|---|---|
| 178万円 | 本人の所得税 |
| 123万円 | 配偶者控除 |
| 169万円 | 配偶者(特別)控除の満額目安 |
| 約106万円 | 勤務先の社会保険 |
| 130万円 | 社会保険上の扶養 |
最も重要なのは、税金と社会保険は別制度だということです。「所得税がかからない=社会保険の扶養に入れる」という意味ではありません。
「103万円の壁」は178万円へ
以前は、給与収入が103万円を超えると本人に所得税がかかり始めることから、「103万円の壁」という言葉が広く使われていました。しかし制度は大きく変わっています。
国税庁によると、2026年分からは、給与収入だけでほかに所得がない場合、給与収入178万円以下なら原則として所得税等はかかりません。2026年度税制改正により、
給与所得控除の最低保障額は74万円、基礎控除は一定の所得層について最高104万円となり、合計178万円まで課税最低限が引き上げられたためです。つまり、所得税だけを理由に、「103万円を超えないように働く」という考え方は、現在の制度には合いません。ただし、住民税は所得税とは基準が異なります。
国税庁は、給与収入だけの場合、2026年分から住民税の所得割について119万円以下を一つの非課税水準として示しています。自治体や家族状況などによって扱いが異なる場合もあるため、「178万円までは税金が一切かからない」という意味ではありません。
「123万円を超えたら配偶者控除が全部なくなる」でもない
もう一つ誤解されやすい数字が123万円です。2026年現在、給与収入だけの配偶者であれば、123万円以下が配偶者控除の対象となる一つの目安です。しかし、123万円を1円超えた瞬間、配偶者側の税負担が急増するわけではありません。一定の条件を満たせば「配偶者特別控除」があります。
2026年分について国税庁は、パート収入が169万円以下であれば、納税者本人の所得など一定の要件のもとで、38万円の配偶者控除または配偶者特別控除を受けられると説明しています。
つまり、「123万円を超えると世帯全体で大損する」と考えて働く時間を抑えるのは、必ずしも正しくありません。税金については、ある一点を超えると崖から落ちるように突然大きな負担が生じる制度ではないことを理解しておきたいところです。
本当に注意したいのは社会保険
家計への影響が比較的大きくなりやすいのが、社会保険です。2026年9月現在、従業員51人以上の企業などで働く短時間労働者については、原則として、
週の所定労働時間20時間以上
所定内賃金月8万8,000円以上
学生ではない
2か月を超えて雇用される見込みがある
などの条件を満たすと、健康保険・厚生年金の加入対象になります。月額8万8,000円を年換算するとおよそ106万円になるため、これが「106万円の壁」と呼ばれてきました。
106万円の「賃金要件」は2026年10月に撤廃予定
ただし、この制度も変わります。2025年に成立した年金制度改正により、短時間労働者に対する「月額8万8,000円以上」という賃金要件は、2026年10月に撤廃予定です。その後は「年収106万円」という数字そのものより、週20時間以上働くかどうかの重要性が高まります。一方、企業規模要件は一気になくなるわけではありません。
短時間労働者への社会保険適用は、
2027年10月から36人以上
2029年10月から21人以上
2032年10月から11人以上
2035年10月から企業規模要件撤廃
と段階的に拡大される予定です。今後、「106万円以内に抑えれば社会保険に入らなくてよい」という働き方は、少しずつ通用しにくくなります。
130万円の壁も2026年にルールが変わった
もう一つ重要なのが「130万円の壁」です。これは、配偶者などの健康保険の被扶養者でいられるかどうかに関係する基準です。原則として年間収入が130万円以上と見込まれると、社会保険上の扶養から外れる可能性があります。
また、2026年4月1日から扶養認定の方法が変わりました。給与収入だけの場合、労働条件通知書や雇用契約書などに記載された賃金から計算した年間収入が130万円未満で、ほかに収入が見込まれないなど一定の条件を満たせば、原則として被扶養者として認定する取り扱いが導入されています。
労働契約上は130万円未満でも、予定外の残業などで一時的に実際の年収が130万円を超えたケースでも、一定の範囲内であれば、ただちに扶養から外れるとは限りません。これは、働く人が「年末に130万円を超えそうだからシフトを減らす」という就業調整を減らすための制度変更でもあります。
社会保険に入ると手取りが減ることはある
それでも、社会保険加入をためらう理由はあります。配偶者の扶養に入っている間は本人の健康保険料負担がないのに対し、勤務先の健康保険・厚生年金に加入すれば、給与から本人負担分の保険料が引かれます。
そのため、加入直後には、給与が増えたのに手取りがそれほど増えない、あるいは条件によっては一時的に手取りが減ることがあります。「壁」が意識される最大の理由の一つです。しかし、社会保険料は単なる税金ではありません。
社会保険加入で得られるものもある
厚生年金に加入すると、国民年金の基礎年金に加えて、加入期間や給与に応じた厚生年金が将来の年金に上乗せされます。さらに勤務先の健康保険に被保険者として加入すれば、条件を満たした場合、傷病手当金や出産手当金などを受けられます。
傷病手当金は、業務外の病気やけがで働けず給与を受けられない場合などに支給される制度です。つまり、「社会保険料が増えた=その分だけ損した」とは単純には言えません。現在の手取りを減らす代わりに、将来の年金や休業時の保障を得るという側面があります。
意外と見落とされる「会社の配偶者手当」
実際に「年収を超えると世帯収入が減る」可能性があるものとして、勤務先独自の制度にも注意が必要です。たとえば、配偶者手当、家族手当、扶養手当などです。
企業によっては、配偶者の年収が一定額を超えると手当がなくなる制度があります。「扶養を外れて働くか」を考えるなら、配偶者の勤務先の就業規則や給与規程まで確認する必要があります。
結局、扶養内で働くのは得なのか
ここまで見てくると、「扶養内=得」「扶養外=得」と一律には決められないことが分かります。判断するときは、少なくとも次の5点を確認した方がよいでしょう。
① 自分の給与はいくら増えるのか
年収を130万円から140万円にする場合と、130万円から200万円にする場合では意味が違います。
② 社会保険に加入するのか
勤務先の規模、週の労働時間、雇用期間などによって変わります。
③ 配偶者側の税金はどうなるのか
配偶者控除だけでなく、配偶者特別控除まで確認します。
④ 配偶者手当がなくならないか
これは会社ごとに違います。
⑤ 働く時間を増やすことで別の支出が増えないか
保育料、学童、家事代行、通勤費なども含めて考える必要があります。比較すべきなのは、「壁を超えるかどうか」ではなく、「世帯全体で最終的にいくら残るか」です。
目先の手取りだけで決めない
ここからは、お金だけでは測れない部分です。扶養内で働くことには、子育て、介護、体力、家庭との両立など、多くの合理的な理由があります。その選択に優劣はありません。
一方で、「130万円を超えると絶対に損だから」という理由だけで勤務時間を抑えているなら、一度計算し直す価値があります。制度はすでに大きく変わっています。働く時間を増やせば、経験が増える、昇給の可能性が広がる、任される仕事が増える、転職時の選択肢が増えることもあります。制度上の数字だけにとらわれて、働き方を決めてしまうのは、機会損失かもしれません。
【参考サイト】
国税庁「家族と税」 2026年分のパート収入に関する所得税の課税最低限178万円や、配偶者(特別)控除について確認できます。
国税庁「令和8年度税制改正による所得税の基礎控除の引上げ等について」 2026年度税制改正による基礎控除、給与所得控除等の変更を確認できます。
厚生労働省「『年収の壁』への対応」 106万円・130万円の壁や被扶養者認定の変更についてまとめられています。
厚生労働省「社会保険の加入対象の拡大について」 短時間労働者への社会保険適用拡大、企業規模要件や賃金要件の変更予定を確認できます。
日本年金機構「短時間労働者に対する健康保険・厚生年金保険の適用の拡大」 短時間労働者が社会保険に加入する具体的な要件が掲載されています。
日本年金機構「労働契約内容による年間収入での被扶養者の認定の取り扱いについて」2026年4月1日から始まった130万円未満の被扶養者認定方法について確認できます。
厚生労働省「社会保険加入のメリット」 厚生年金、傷病手当金、出産手当金など、社会保険加入によって得られる保障を確認できます。
※本記事は、税制・社会保険制度と働き方について一般的な情報を提供することを目的としており、個別の税務・社会保険上の判断を行うものではありません。
※「扶養」には税制上の扶養と社会保険上の扶養があり、基準や判定方法は異なります。また、本人・配偶者の所得、勤務時間、勤務先、加入している健康保険、家族構成、勤務先独自の手当などによって実際の手取り額は異なります。
※制度は改正される場合がありますので、具体的な判断にあたっては国税庁、厚生労働省、日本年金機構、加入する健康保険、勤務先等の最新情報をご確認ください。
