NISAで「貧乏になる」理由 非課税制度の落とし穴
「NISAはやったほうがいいですか?」ここ数年、この質問を本当によく聞くようになりました。 結論から言えば、制度としては非常に優れています。ただし、使い方を間違えると、家計を苦しくする原因にもなります。実際、「NISA貧乏」という言葉も出てきました。貯金に回す余裕がないのに投資を優先してしまい、日々の生活がカツカツになる状態です。この記事では、なぜそんなことが起きるのか。制度の仕組みから、シンプルに整理してみます。
NISAの基本(つみたて投資枠・成長投資枠)
まずは超基本からです。NISA(ニーサ)とは、Nippon Individual Savings Account(日本個人貯蓄口座)の略で、少額投資非課税制度です。現在のNISAは、大きく2つの枠に分かれています。
つみたて投資枠
長期・分散・積立に向いた投資信託が対象です。金融庁が選定した商品に限定されているため、比較的リスクを抑えた運用が前提です。年間の投資上限は120万円。毎月にすると10万円です。少額から安全に資産形成を始めたい初心者や会社員に向いています。非課税期間は無期限。
成長投資枠
商品の選択肢が多く、個別株やETFど、より自由度の高い投資が可能です。年間の投資上限は240万円です。
合計で年間360万円
この2つを合わせると、年間360万円まで投資ができます。そして、この範囲内の利益(売却益・配当金・分配金)はすべて非課税です。通常であれば約20%(正確には20.315%)の税金がかかるので、制度としては非常に強力です。もっとも、非課税なのは「利益」に対してだけで、元本が増える保証は一切ありません。むしろ、損失が出た場合は通常口座より不利になることもあります。
満額投資は本当に現実的なのか
ここで一度、冷静に考えてみたいポイントがあります。年間360万円ということは、月にすると約30万円です。これを無理なく投資に回せる人は、どれくらいいるでしょうか。かなり正直に言えば、家族の生活費や貯蓄を確保したうえで、無理なく満額投資ができるのは、年収2,300万円〜2600万円が一つの目安ではないかと感じます。
実際、年収2,300万〜2,600万円クラスは日本ではかなり少数です。最新の国税庁の民間給与実態統計調査では、給与所得者のうち年収2,000万円超は約 0.4〜0.5%、年収2,500万円超:およそ 0.2〜0.3%程度です。つまり、年収2,300万〜2,600万円は、給与所得者の上位0.2〜0.4%前後と考えてよいでしょう。100人中なら0〜1人、1,000人中なら2〜4人くらいです。
もっともこれは「給与所得者」の統計なので、配当所得、不動産所得、事業所得などは含まれていません。そのため、資産家や経営者を含めた「経済的に豊かな人」はこの年収帯ではありませんし、独身か家族持ちか、ローンの有無などで事情は大きく変わります。
多くの人にとっては、満額は「現実的な目標」ではなく「制度上の上限」にすぎません。それにもかかわらず、「枠を使い切らないともったいない」と感じてしまう。 ここに最初の落とし穴があるのです。
NISA貧乏はこうして起きる
本来、お金の流れはこうあるべきです。「生活費 → 貯金 → 余裕資金 → 投資」ところが現実は、こうなりがちです。「生活費 → 投資 → 足りない」 非課税という言葉のインパクトが強すぎて、順番が逆転してしまうのでしょう。
30代の会社員Aさんは、毎月の余裕がほとんどない中で、つみたて投資枠を満額(10万円)に近い水準で始めました。最初は順調でしたが、急な出費が重なり、生活費が不足。結果として、含み損の状態で解約せざるを得ませんでした。「非課税だから得するはずだったのに、むしろ損した。投資なんてやらなければよかった」。これはNISA貧乏に陥った多くの人が言う言葉ですが、これぞ負のスパイラルです。
一般に、資産形成の世界では、投資に回していいのは「手取り収入の20%」と言われます。仮に、投資額を毎月30万円にするには、30万円 ÷ 20%= 手取り150万円/月が必要です。年間では、手取り150万円 × 12= 手取り1,800万円。額面年収は税金や社会保険料、扶養状況によって変わりますが、手取りは一般的に額面の70〜80%程度ですから、年収約2,300万〜2,600万円という結果になります。
なぜNISAでは損益通算できないのか
誤解が多いポイントなので整理しましょう。通常の投資口座の課税口座では、利益が出れば税金がかかります。しかし、損失が出れば他の利益と相殺できるという仕組みがあります。「課税される代わりに救済もある」ということですね。
しかしNISAは前提が違います。利益は非課税ですから、税務上は損失もなかったことになります。つまり、最初から税金の計算の外にある制度であるため、損失が出ても他の利益と相殺できませんし、3年間の損失繰越も使えません。非課税という特典の代わりに、救済は一切ない。それだけの話です。
なぜそうなっているのでしょう? それは過度なリスクテイクを誘発する可能性があるからです。もし、利益は非課税だが、損失が出たら損益通算できるとなれば、何が起きるでしょう? 「勝ったら自分のもの、負けたら税金で一部補填」というモラルハザードを引き起こしますね。そのため資産家や投資経験者ほど、NISAだけでなく課税口座も併用しているケースが少なくありません。「非課税か課税か」ではなく、税制も含めてポートフォリオを組むという考え方です。
NISAはやめたほうがいい人の特徴
次に当てはまる場合は、無理にNISA始めないほうがいいかもしれません。
・貯金がほとんどない
– 毎月の生活がギリギリ
– 価格が下がると不安で売ってしまう
NISAは長期投資が前提です。 途中でやめる可能性が高い人には向いていません。
・生活費6ヶ月分の貯金がある
– 毎月3〜5万円を無理なく積立できる
– 値下がりしても気にならない
2つ以上当てはまれば、スタートラインには立っています。 1つ以下なら、まずは家計の安定を優先したほうがいいでしょう。
制度の裏にあるメッセージ
NISAは 「自分の老後資金は、公的年金ばかりに頼らず、自分で準備してください」という、国からの明確なメッセージです。子どもが減り、高齢者が増えれば、現役世代1人あたりが支える社会保障費は重くなります。年金や医療、介護の負担は今後も増えていく一方です。もちろん、公的年金制度がすぐになくなるわけではありません。しかし、国としては「公的年金で老後を支える」のではなく、「自分で資産を育てる人」を増やしたいと考えているのです。国家が税金を優遇してまでNISAを拡充した本音はこれです。
しかし、生活の余裕もないのに有り金を投資に回すと、株価の乱高下に一喜一憂することになりかねません。急落局面で狼狽売りした結果、大損してしまう可能性もあります。満額の枠を埋めることが目的になっては本末転倒です。まずは働いて生活を安定させ、余裕資金をつくることから始めましょう。
